読書話柄

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ウィッチャー短篇集1 最後の願い / アンドレイ・サプコフスキ

『ウィッチャー』シリーズの原点 原書では長編に先立って発表された連作短編集

作者はポーランドの作家アンドレイ・サプコフスキ。代表作のファンタジー小説『ウィッチャー』シリーズは世界的ベストセラーである。ゲーム化もされ、特に傑作と名高い『ウィッチャー3 ワイルドハント』で本シリーズを知った人も多いのではないだろうか。2019年からNetflixでドラマシリーズ化もされている。小説の邦訳版は、今のところ長編5冊と今回取り上げる短編集1冊が刊行されている。

ところで、実を言うと僕は長編を読んでいないし、ゲームもドラマも触れていない。つまりこの短編集が初ウィッチャーというわけだ。それで話についていけるのかというと、全く問題なかった。邦訳版は長編5冊から刊行されたが、原書ではこの短編集の方が先に刊行されているのだ。作中時系列でも短編集の方が長編シリーズより過去の出来事を描いている。訳者あとがきでも「初めて<ウィッチャー>ワールドに触れる方にこそお勧めしたい一冊です」と書かれており、まさに僕のような読者にうってつけといえる。

 

作中設定について

『ウィッチャー』世界の設定について紹介するが、短編集1冊しか知らないシリーズ初心者なので簡単な紹介に留めたい。

作品の舞台はおおよそ中世的な世界で、各地に王や城主がいる封建的な社会で成り立っている。そこにドワーフやエルフといった人以外の種族が加わり、さらに魔法や怪物が存在する。ウィッチャーとは怪物退治を生業とするハンターのことで、幼少の頃から薬物によって肉体改造を施された戦士である。優れた身体能力と怪物に関する専門知識を持ち、魔法も(本職の魔法使いに及ばないながらも)行使する。ウィッチャーは正義の味方というわけではなく、あくまで金銭と引き換えに依頼を受ける。人々は怪物絡みで困ったときにウィッチャーを頼るが、嫌悪している者も多い。

 

ウィッチャー

ポーランドの雑誌『Fantastyka』の短編小説賞に投稿された、『ウィッチャー』シリーズの原点といえる作品。ウィッチャーである主人公・ゲラルトが、呪いによって怪物になってしまった王女を元に戻す依頼を受ける。剣で叩き斬っておしまい、ではなく怪物や呪いの知識が求められるウィッチャーがどういうものかよくわかる短編だ。王女に執着する狂王に意外な面があったりと、単純な怪物退治譚ではない『ウィッチャー』シリーズの作風を感じられる作品である。

 

一粒の真実

美女と野獣をモチーフにしているらしき作品。「ウィッチャー」の王女同様、呪いによって怪物になった男が登場するがこちらは理性を保っていて、それどころか陽気で親切ですらある。この世界にも美女と野獣のようなおとぎ話が存在するらしく、その男ニヴェレンは愛の力で呪いを解こうとする。具体的には財宝と引き換えに一年契約の愛人を得ている。別にニヴェレンが無理強いしているわけではなく、財宝を求める父娘が次々やってくるのだ。とはいえどれだけ愛人が交代しても呪いは解けず12年が経過する。そんな中で、ニヴェレンは怪物暮らしにもそれなりに満足してしまう。なにせ人間だった頃は病弱だったのに怪物の肉体は病気知らず。財宝を盗賊から守る力もあるし、意外にも怪物の姿は女性受けがいい。そういえばディズニーアニメ映画『美女と野獣』の野獣も愛嬌のある容姿でむしろ人間の姿の方がいまいちに感じたような気がする。あるいは、財宝と引き換えに愛人になった女性にとって、生々しい人間より怪物の方がおとぎ話めいていて現実を忘れられるのかもしれない。そんなこんなでニヴェレンが怪物ライフをおくっているところにゲラルトがやってくる。

結末は物寂しい。おとぎ話にも一粒の真実がある。あくまで一粒だけというのがシビアなところでありロマンチックなところでもある。

 

小さな悪

ゲラルトは知り合いの魔法使いストレゴボルから、自分を付け狙う女盗賊レンフリを殺してほしいと依頼される。だがゲラルトはこれを断る。そもそもゲラルトが依頼で殺すのは怪物だけであり、人は自衛以外で滅多に殺さない。しかもレンフリがストレゴボルを恨むのにはもっともな理由がある。しかしストレゴボルはレンフリに恨まれた経緯もレンフリ殺害も「小さな悪」だと言って食い下がる。大きな悪を排除するためのやむを得ない犠牲なのだと。しかしゲラルトは退ける。ゲラルトは小さな悪・大きな悪などという境界の曖昧なものから一方を選択するようなことはしないと告げる。ストレゴボルのもとから去ったゲラルトはレンフリに遭遇する。そして今度はレンフリから「小さな悪」を提示される。レンフリと凄腕の仲間たちが暴れれば衛兵や町人に被害が出る、だからゲラルトが魔法に守られたストレゴボルの住処に入り込み、ストレゴボルを殺してくれ、それならひとりの命で済むと。だがゲラルトはこの提案も退ける。

確固たるポリシーを持つゲラルトだが、容赦のない世界でそれを貫き通すのは難しい。結局選択を迫られることになり、苦渋の決断を下す。

 

値段の問題

シントラ国の王女が年頃になったので婿選びの宴が催されることになった。ゲラルトは女王の依頼で身分を偽り宴に出席することになったが、詳しい依頼内容はなかなか明かされない。どうやら女王は婿選びに横槍が入ることを危惧しているらしい。それもウィッチャーを必要とするような。

この世界の契約と運命がどういうものか描かれる。この短編の最後にゲラルトはある契約を交わすのだが、これは長編の物語に大きく関わってくるらしく、長編を読んでいればより興味深い前日譚になりそうだ。

 

世界の果て

ゲラルトは友人で詩人のダンディリオンと旅する途中、農村からデビルという怪物を追い払うよう依頼される。デビルというのは変わった怪物で、知能は高く人間と会話ができ、いたずら者だが畑仕事を手伝うこともある。しかし大量の食糧を盗むことが問題だった。変わっているといえば、村人たちもデビルは追い払うだけで殺してはいけないと念押ししてくる。なにやら裏がありそうな依頼だが、ゲラルトたちはとりあえずデビルのもとに向かうことにする。

ダンディリオンが初登場する。陽気でお調子者なこの詩人の存在でユーモラスな雰囲気が醸し出されているが、この物語でゲラルトは危うく死にかける事態に陥る。テーマ的にも異種族との対立という重いものである。誇りを捨て共存するか、誇り高く飢え最期は自滅的戦いを選ぶのか。一般論では共存が正しいのだろうが、侵略者側の人間が唱える共存論に住処を奪われた側が従えないのも道理である。

 

最後の願い

ゲラルトとダンディリオンが川で釣りをしている最中、ダンディリオンが釣り糸に引っかかった壺を不用意に弄った結果、壺から出てきた精霊によって重傷を負わされてしまう。ゲラルトはダンディリオンを治療するため、女魔法使いイェネファーの助けを借りることになる。

イェネファーは長編やゲームにも登場するシリーズのヒロイン格の人物らしい。この世界の魔法使いだけあって一筋縄では行かない曲者だが魅力的なキャラクターだ。でもこの短編で一番好きなのは、最初は嫌な奴っぽく登場した僧侶だった。

 

理性の声

この物語は各短編の間に幕間の形で7つに分割し挿入されている。時系列としては短編中もっとも新しい出来事を描いており、最初の短編「ウィッチャー」の直後に当たる。負傷したゲラルトは知り合いが長を務める寺院に逗留し治療を受ける。巫女と交流したり訪ねてきたダンディリオンと再会したりするのだが、やがて地元の領主と騎士団がゲラルトを追い出そうとしてくる。

イェネファーとなにやらすれ違いがあるらしかったり、地元騎士団に絡まれたりと、相変わらずゲラルトも大変なようだが、最後はひとまず気持ちよく終わる。

 

おわりに

大満足の内容だった。ウィッチャー初心者にお勧めという言葉に偽りなし。短編集第2弾も邦訳刊行が予定されているそうで今から楽しみだ。いやその前に長編に手を付けるべきか。悩ましいところである。